モラル・ハラスメント界から脱出

モラル・ハラスメント界から脱出するためには知って抜け出す!

モラルハラスメントの正体は主観コミュニケーションに潜む悪魔

以下の引用文をお読み下さい。

コミュニケーションそのものに潜んで人間を苦しめる「悪魔」の真相だと私は考えている。

引用元:

安富 歩誰が星の王子さまを殺したのか――モラル・ハラスメントの罠 P6」 (明石書店、2014年)より

 

上記の引用は日本の経済学者。東京大学東洋文化研究所教授の安富 歩さんの本からの引用です。

私がモラルハラスメントの本の中で衝撃を受けた一冊です。 一般的にはモラハラと言えば、言葉の暴力と言われますが、私は個人的にはそれはとても分かりやすく簡単ですから、一番軽いものだと考えています。 私が思っているモラルハラスメントは上記の本に書かれていることです。 王子はバラに支配されて死んだのですが、まさかバラによるモラルハラスメントだとは気づかずに、キツネによりセカンドハラスメントを受け、そして死ぬのです。 バラは攻撃を隠ぺいし「被害者が被害者であるとわからないように隠ぺい出来る」 これこそがモラルハラスメントの真相だと思います。 今だから言えますが、 モラルハラスメント被害者は、苦しい事を苦しいと言えないようにコントロールされています。 モラルハラスメント被害者は、一般的な良い人が悪に見えるように心に細工されています。 モラルハラスメント被害者は、価値観を歪められていて、助けを求められないように細工されています。 モラルハラスメント被害者は、混乱しています。 モラルハラスメント被害者は、自分が被害者であることを知りません。 モラルハラスメント被害者は、説明つかない心理的な縛りで雁字搦めになっています。 モラルハラスメント被害者は、何かと恐怖と罪悪感をセットで無意識に刷り込まれています。 モラルハラスメント被害者は、自覚ないまま加害者になっています。 このタイプのモラルハラスメントには、口を出してはいけません。 何故なら、理解できない、受け入れられない人は、既に気づいていないだけでモラルハラスメントの罠にかかっているから、自覚しないままモラルハラスメントセカンドハラスメントをしてしまう可能性があるからです。 例えば、このような記事に「それくらい」というのもセカンドハラスメントに当たると思います。 「嫌がらせをされたという人間に、無視しないお前が悪い」というのもセカンドハラスメントに当たると思います。 一般的なモラハラ夫は、恐らくモラルハラスメントの罠にかかり自覚しないまま行っているタイプだと思います。 私は、昔に、自殺をずっと考えていた時期が実はあり、何故か遺書を二通書いていました。自分が分裂でもしていたのか?本音の遺書とコントロールされた自分の遺書なのか、それは分かりません。 もしも○田と出会っていなかったら死んでいました。 酒を飲んで酔ったまま、車で高速で事故を起こして死ぬと決めていました。 ○田との出会いで、○田の苦しみに衝撃を受けて、○田の奥底の「苦しい」という思いを感じ、死ぬことをやめたのです。 ○田との出会いで、心の奥の巨大な氷の塊のような重く苦しいものが、一気に解けていくイメージを強く感じました。 そして、まともな文章すら書けず、あたまが腐っているかのような状態で、ずっと「苦しみの原因」を探ってきました。 多くの事を知り、気づき、互いの共通点も見つけ、解決策も見つけ、改善されて、やっとモラルハラスメントの世界からの脱出のスタートという感じです。 振り返ってみて、まさに「本当のモラルハラスメントは攻撃を巧妙に隠ぺいし、被害者に被害者だとわからないようにする」と言われていることが納得です。 得体の知れない苦しみや恐怖の正体、それは無意識に仕掛けられた罠です。 そして、モラルハラスメントとは、単なる言葉の暴力ではなく、悪霊や悪魔と同じようなものでしょう。

コミュニケーションそのものに潜んで人間を苦しめる「悪魔」の真相だと私は考えている。

安富 歩誰が星の王子さまを殺したのか――モラル・ハラスメントの罠 P6」 (明石書店、2014年)より

私が気になっている点は、主観のコミュニケーションに潜んでいる「悪魔」の真相はとても納得が出来ますが、では何故その「悪魔」が主観のコミュニケーションに根付いたか? その「悪魔」が根付くまでに、一体どんな情報を、どこから、刷り込まれていたのか? それが分かってくれば、「悪魔」も「悪霊」も、「思い込ませ」を利用して、自由に刷り込むことが出来るのではないだろうか…。 呪いがあると思い込ませて、ストレスで不調を起こさせてから、呪われていると錯覚を起こすように、誰がモラハラ界を、人の心の中に作っていたのか?そこが気になるところです。 複合的に無意識に情報をこっそり気づかれずに組み立てて行く事で、無意識の中に「悪魔」や「悪霊」のような働きをする仕掛けを作っている策士がいるのか? それはわかりませんが、脱出した今だから言えるのは、区別の大事さを学べました。 深入りする世界ではないことは確かです。 単なる言葉の暴力レベルので段階で引き返すべきです。 それ以上踏み込めば踏み込むほど、欺きだらけの世界で混乱し狂っていく世界です。 モラルハラスメントの罠にかかると、両手両足を切断されてから「ほら?自由だよ?」と、雁字搦めに心が拘束された中での、自由を与えられる仕組みです。 モラルハラスメントは悪魔と同じで例えられますから、当然悪魔が欺きが上手なように、モラルハラスメント加害者は欺きが得意です。 自称被害者によって加害者に仕立て上げられるケースもあります。 そしてモラルハラスメントは、ストーカーする人が多いです。 モラルハラスメントはつきまとい、情報を収集し、相手の心の隅々まで見て、匿名掲示板などを使い、相手の心にダメージがいくことを何年だって行います。 イメージしてみてください。 私の事をありもしないことを匿名掲示板に書いている人間は誰かもわからない。そしてこのサイトに潜んで善人のフリをしているイメージです。 こっちでは善人、あっちではストーカー。もう既に何年も張り付いてデマを拡散させています。 恐らく、皆さん、モラルハラスメントに関して、自分も当てはまると感じた方は多いはずです。 言い変えれば、チャンスなのです。 モラルハラスメントは混乱と矛盾の世界です。 モラルハラスメントに向き合い、自分の自覚していないマイナスに気づき、そして自分を改善し、幸せになるために、生活の質を上げていくチャンスなのです。 広い意味で言えば、誰だってモラルハラスメントの傾向はあります。 それを自分の中から省いて行く事が大事です。 最後にモラハラ界に残るのは誰ですか?ってことです。 抜け出すためには、学んで、嘘をやめ、勇気を取り戻し、自分の人生を生きて、論理的思考をし、区別と尊重を学んで行く事です。 私の親は最終的にモラルハラスメントを認め、「気づかせてくれてありがとう。心が軽くなった」と言いました。これで、自分の親だと堂々と思えるのです。 認めもせず逃げている親は親ではないと思っていました。 約二年間、何度も何度も話し合いをし喧嘩をし、私は間違っていることは間違っていると理解してほしく、だけど親は刺されても何されても信念だけは曲げない頑固者です。 私は行くたびに本気で間違いを伝えてきました。 親が心が軽くなったのは、親もまた連鎖の被害者だったからです。連鎖して続いているだけなのです。親の苦しみも理解できました。 モラルハラスメントの価値観を背負う事が親を大事にすることだという深い勘違いがあるのです。優しすぎて素直すぎたのです。 戦争の恨みや、戦争の恐怖、戦争時の殺人、色々なものが世代間連鎖し、形を変えて連鎖して、親から子へ刷り込まれていくのです。 その悪い世代間連鎖を、自分で止めない限り、子供はまだまだ苦しむのです。 子供を苦しめたくなければ、僅かなモラルハラスメントでも認め、省いていく事です。 私にもまだまだ、自覚のない問題、自覚できているけど改善されていない部分などあります。 だから、楽しいですよね(^^)/ 改善点があるから、苦しみもあり、辛さもあり、だけどその先には嬉しさや、感動があるんですよね。 親が「気づかせてくれてありがとう。心が軽くなった」と聞いた日の夜、私の心も一緒に軽くなっていました。そして涙が溢れてきました。 親の苦しみが、俺の苦しみだったんだ。そう腑に落ちました。 俺が死ぬことを決めるまでのあの苦しみは、きっと親を信じたことで親の苦しみを背負ったのだと、今は思います。 少年院から出て、親もう一度信じてみようと思い、信じれば信じるほど苦しくなり、生きていることが地獄かのような苦しみで、それがなにかも解らなかったけど、それは親の苦しみだったんだと思います。 子は親の心を楽にしてあげるために、親を信じるのだと思います。 そして、信じることで、相手の気持ちが分かってくるんですよね。 長渕剛さんのランの歌詞にあるように…。

親子はやっぱり心のどこかで繋がっている。 間違いないと思いました。 私に出来る親孝行は、親の心の苦しみを一つずつ紐解いていき、「この家族で本当に良かった」という言葉を本音で引き出すことです。